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<特別コラム>映画「いのちの停車場」 製作総指揮の岡田裕介氏と東広島④

2021.05.12

吉永小百合主演の映画「いのちの停車場」が5月21日から全国で公開されます。製作総指揮の岡田裕介氏と東広島とのつながりを5回のコラムで紹介します。(東広島デジタル編集部)

 

岡田裕介さん

岡田裕介さん(プレスネット撮影)

 

5月21日に「いのちの停車場」が全国公開されます。

吉永小百合が初めて医師の役を演じます。

それも地方都市の訪問診療所の医師の役です。

岡田裕介東映グループ会長が製作する最後の映画となりました。

 


東映と岡田茂氏

 

岡田裕介氏の父・岡田茂氏(元東映社長・会長)は東広島市西条町が故郷です。

 

茂氏の父・岡田唯一は1905年(明治38年)、広島県賀茂郡西条町大字910番地にて酒類および石油の卸売商店を開業しました。著名な酒蔵、賀茂鶴酒造、亀齢酒造、西条鶴酒造、白牡丹酒造などが建ち並ぶ地区にありました。

 

次男であった茂氏は、父の弟・岡田軍一の養子となり、広島1中、広島高校から東大に進学し終戦を迎えています。茂氏は、故郷である酒都・西条を終生大切にし、愛していました。

 

岡田茂氏は1947年、縁あって東映の前身である東横映画に入社。京都撮影所に配属された茂氏は、根岸寛一、マキノ光雄、内田吐夢などの名監督たちとの仕事の中で、プロデューサーとして成長し、1950年、「きけ、わだつみの声」を原作とした「はるかなる山河」を初めてプロデュースしました。

 

195141日、東横映画などが合併して、東映株式会社が発足しました。1960年には東映京都撮影所長に就任した岡田茂氏は、将来を見据えて大きな決断をしています。一つはシネマスコープの導入であり、もう一つはテレビ番組の制作にいち早く取り組んだことです。

 

東急グループ総帥・五島昇や多くの経済界の友人たち、同業である藤本真澄など映画産業他社の経営者たち、東映グループ社員のほとんどが心から望む中、1971年、代表取締役社長に就任しています。

 

一方、岡田裕介氏は1980年、吉永小百合・高倉健主演の映画「動乱」を初めてプロデュース。1988年には、東映に入社し、その後、シネマコンプレックスを経営するティ・ジョイの社長に就任。2000129日、父・茂氏の故郷・東広島市のフジグラン東広島ショッピングセンターに、デジタル配信のシネマコンプレックス(複合映画館)・T・ジョイ東広島をオープンさせました。裕介氏は20026月、東映社長に就任し、その後、映画界のリーダーとして活躍していきます。(千義久)

 

いのちの停車場 ストーリー

 

いのちの停車場メイン

(C)2021「いのちの停車場」製作委員会

 

東京の救命救急センターで働いていた咲和子は、ある事件をきっかけに、故郷の金沢で「まほろば診療所」の在宅医師として再出発をする。様々な事情から在宅医療を選んだ患者と出会い、戸惑いながらも、まほろばのメンバーと共にいのちの一瞬の輝きに寄り添っていく。その時、最愛の父が倒れてしまい…。

 

映画「いのちの停車場」公式ホームページ↓

 

T・ジョイ東広島ほか全国の劇場で公開。

 

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