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野崎賢治の思い出エッセー:vol.09「三分の一の真実」|あの日あの時あの言葉

2021.03.29



元ニュースキャスター野崎賢治さんによる思い出エッセー。
あの日あの時感じたあの言葉、そして心に残る言葉を紹介するコラムです。

野崎賢治さん プロフィール

 

vol.09 :「三分の一の真実」

 

2020年9月11日の私のエッセー。


「三分の一の真実」。テレビの報道ニュースが初期のころにあった言葉です。まだ、映像の主流がフィルムだった時代の話。一般家庭でも、当時はビデオカメラを持っている人はなく8ミリフィルムが主流であったといえば分かりやすいかもしれません。

 

私が広島ホームテレビに入社した当時、テレビ局で使用していた業務用のフィルムは、3分で全てが巻き取られるものでした。それを会社に持ち帰り、現像して1分のニュースに編集して放送していたのです。撮影したフィルム3分のうち2分は捨ててしまうため、この言葉が生まれたようです。

 

昭和50年代半ばに入るとVTR方式の、いわゆる業界用語でいうENGカメラが出始め、「三分の一の真実」の時代は終わりました。1本のテープで20分は撮影できるようになり、今度は「二十分の一の真実」だと言う人もいました。

 

こうした放送機材の技術革新は、テレビニュースを大きく変えていきました。ニュースが今のように大型番組化することができたのも、このENGカメラのおかげと言っても過言ではありません。

 

今ではデジタルの波がニュース番組に影響を与えようとしています。インターネットの普及は目覚ましく、放送と通信の融合という言葉まで生まれ、テレビ局本体をも揺さぶるようになりました。

 

インターネットが第二の「ENGカメラ」のようにテレビニュースに大革命を起こしていくのでしょうか。アナログ人間の私には少々予想しにくいのですが、今後、テレビニュースの速報性が今まで以上に求められるのは確かだと思います。

 

さらに、双方向受信を可能にしたテレビニュースは今後、視聴者からの発信がすぐにニュースになるという時代をつくろうとしています。かつて、映像フィルム時代に「三分の一の真実」とからかわれていましたが、「一億分の一の真実」がニュースになる時代がつくられようとしているのです。


PROFILE
のざき・けんじ
 昭和53年、広島ホームテレビに入社。カープ中継などスポーツ実況をする傍ら、「ステーションEYE」など夕方のニュースキャスターを約10年担当。その後、ニュースデスク。制作部番組プロデューサー時代には、風見しんごを土曜日朝に起用した「ひょっこり評判テレビ」を制作。2000年4月にスタートした夕方情報番組「げっきんLIVE」で久々の現場復帰、メインキャスターを務める。その後、管理職として報道局長、編成局長、総務局専任局長を歴任。


📻FM東広島(89・7MHz)で毎週月曜日午後8時~、同名番組を放送中。
 放送はサイマルラジオでも聞くことができます。


 

 

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