今春、東広島市福富町の久芳小と竹仁小を統合して、福富中内に開校した小中一貫型の福富小。新設小で、校歌の作詞をしたのが町内に住む清水礼子さん。
福富町や福富小教育の特長をちりばめ、子どもたちはもちろん、町民皆に愛されるよう工夫を凝らした、という。
子どもたちに愛される歌に
「ずっと歌い継がれていくわけでしょう。子どもたちへのメッセージを詞に託して届けられたことに感謝の気持ちでいっぱい」
そう笑顔で語ったのは福富町在住の清水礼子さん
昨年春、市教委から清水さんへ作詞の依頼がありました。校歌の作詞は初めてとあって、時間をみつけては町内を散策したそう。
改めて気付いたことや福富町の魅力をノートに書きとどめ、詞の構想を膨らませました。
「しゃくなげ、水、夢をつなぐという3つの言葉をキーワードに、子どもたちが小学校で誇りを持って頑張ってほしい、という思いを込めました」とほほ笑む清水さん。
子どものときからピアノと声楽を習い、音楽に夢中になったそう。いつしか「音楽の楽しさを子どもたちに伝えたい」と思うようになり、音楽教師になりました。
志和中時代は、「音楽は心の教材になる」と、授業を生徒指導の場にも活用しました。指導に当たった吹奏楽部では、中国大会で優秀校に導き、 「努力することの大切さ」 を教えました。
2008年度からは管理職として小学校の校長に。小学校を希望したのは、教育行政の仕事に携わっていた時代に各学校を訪問した際、小学校教育のアイデアが次々と浮かんだからだそう。
取り組んだのは「英語と音楽」の日常化です。
英語は自ら式辞などで英語を挿入するなど自然な形で児童たちの学校生活に浸透させました。
音楽では、和太鼓を子どもたちに根付かせました。「物おじしない子どもたちを育てたい」思いからでした。
福富町に移り住んで今年で39年目。定年退職で第一線は退きましたが、孫にピアノを教えたり、地域のコーラスサークルで合唱したり、と音楽との関わり続けています。
「これからも音楽は一生続く友だちかな(笑)」と清水さん。
清水礼子さんが語る校歌の歌詞に込めた思い
歌詞は、福富町の魅力や福富小教育の特長、愛される校歌であることの3つに留意してつくりました。
福富町の魅力は、昨年、竹仁小の子どもが中国新聞に投稿した記事が目に止まりました。
水、豊かな自然、しゃくなげのことに触れており、子ども目線で感じた、福富の魅力を表す3つの言葉は大切にしようと思いました。
しゃくなげと水は、校章のデザインになっていることも決め手になりました。
福富小教育のコンセプトである「つなぐ」という言葉と、久芳、竹仁小のスローガンにもなっていた「夢を持つ」「たくましく生きる」というエッセンスを挿入し、子どもたちの将来の生きる力となるような言葉も盛り込みました。
校歌の2行目と3行目にある「やさしい心」「くじけぬ強さ」は、私がわが子の子育てをしていたときの願いであり、私が小学校校長をしていたとき、子どもたちの育成の柱に据えていました。
校歌は、子どもたちはもちろん、町民皆に愛されてこそ輝きます。 そのためには、日本語の魅力を活用しました。
詩は七五調にまとめ、漢字とひらがなの使い方やバランスに工夫を持たせました。
分かりやすい言葉を基本にしながらも、漢字を使うときには意味を持たせ、子どもたちには難しいかなという「くおん(久遠)」の言葉も、意識的に盛り込みました。
新しい着想として、1番、2番、3番という形式をなくし、 全部で一つの曲としてまとめました。
現在、将来、発揚というイメージですね。音楽でいうCoda.を使った形式です。
もう一つ、詞の中に子どもたちへのメッセージの言葉が隠されています。各行の頭文字を順に並べてみてください。
「しゃくなげ ゆめつなげ ふくとみっこ」
歌詞も覚えやすいでしょう(笑)。福富の多くの人に愛される校歌に、と願っています。
PROFILE
しみず・れいこ 呉市生まれ。大学卒業後、音楽教諭として呉市の中学校に赴任。1982年、結婚で東広島市福富町に転居。志和中(82年度~95年度)、広大附属三原中、県教委旧海田教育事務所勤務などを経て、2008年度から世羅町と三原市の3小学校で校長を歴任。昨年から比治山大の非常勤講師。
西条町 西本剛志(79) ニンジンを収穫していたらこんなのが出てきました。根が二股に分かれているのはよく見かけますが、本体が二股に分かれているのは珍しいと思います。多分、種自体が双子だったのではと推測します。 八本松南 taka(71) 池の水面に木々の紅葉が映え秋の訪れを感じる頃、1羽のカンムリカイツブリが楽しんでいるかのような穏やかな午後のひとときを撮影しました。
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