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市民公開講座で実母と向き合った12年間語る 広島テレビ アナウンサー 馬場 のぶえさん

2021.11.25

市民公開講座で講演する馬場のぶえアナウンサー
市民公開講座で講演する馬場のぶえアナウンサー

 東広島市市民公開講座(東広島地区医師会など主催)が11月6日、同市西条西本町の市民文化センターで開かれた。広島テレビアナウンサーの馬場のぶえさんが、「私の『ドタバタかいご備忘録』」と題して講演、約150人の市民が聴講した。馬場さんは、脳の病気の一つであるパーキンソン病に罹患し、認知症を発症した実母と向き合ってきた12年間を振り返りながら、率直に感じた介護のことについて講演した。講演要旨を紹介する。(日川)

 

「施設に預けることも立派な介護」

 私の母親は49歳でパーキンソン病と診断され、56歳のとき、私が介護することになりました。それまで福井県の実家で一人暮らしをしていましたが、私が暮らす広島で一緒に生活することになりました。

 

 自宅介護で大変だったのは、夜の介護です。パーキンソン病は、頻尿と便秘の症状があり、夜トイレに3、4回入っていました。1回、トイレに入ると便秘もあっていきむから1時間は出てきません。その間、私も、母に何かあってはいけませんから、トイレの前で待っていなければならず、眠れなくなる日が続くようになりました。

 

 私には仕事や子育てもありましたから、寝不足からイライラすることが多くなり、母にひどい言葉を浴びせるようになっていました。「こんなはずじゃ、なかったのに」。自己嫌悪に陥ることも多くなり、介護はきれいごとではできないことを実感するようになりました。

 

 その後、ショートステイのサービスを利用しながら、自宅介護を続けてきましたが、あるとき、母が救急車を呼ぶ事件が起こりました。うつ症状の進行に伴う不安感から呼んだわけですが、そのとき、「母には24時間の介護が必要で、私には難しい」と思うようになりました。それが自宅介護から施設介護を考えるきっかけになりました。

 

 母は60歳のとき老人ホームに入居しました。ただ、私は母を施設に入居させたことを、同僚には話せませんでした。自分で介護できなかった負い目があったからです。そんな私を救ってくれたのが施設に勤める介護スタッフの言葉でした。「施設に預けることも立派な介護です」。その言葉で気持ちが楽になりました。何より、母に優しく接することができるようになり、パーキンソン病に罹患する前の、母と私の関係を取り戻してくれました。施設に預けることも、介護の選択肢だと思います。

 

 老人ホームに預けて1年後には、パーキンソン病に伴う認知症を発症しました。私は母の認知症をしっかりと受け入れ、母との会話の際には、母がふさぎこまないような内容の話をすることを心掛けました。考え方一つで、母との会話も楽しくなっていました。

 

 最後に。介護で悩んでいる人にアドバイスを送るとしたら、悩みを人に話すことが大事かな。私はメイクさんが話し相手になってくれ、救われていました。もう一つ、介護される人は、ずっと同じ状態ではないことを理解してください。

 

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