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平清盛ゆかりの地 清水の耳なし地蔵

2012.03.23

 

 平清盛ゆかりの地である竹原市忠海町。清盛の父・忠盛は1135年(保延元年)、当時の浦(現在の瀬戸内海・忠海沖)で海賊を捕らえた。この功績がたたえられ、忠盛の二文字から浦を忠海。対岸にある大三島を盛村と名づけられたことが地名の由来だと言われている。
 同市忠海東町にたたずむ辻地蔵似心堂。お堂の中は隅々まで掃除が行き届いている。祭ってある清水の耳なし地蔵は耳の部分が彫られていない。
 1178年、高倉天皇の元に嫁いだ実の娘・徳子の安産を祈願するため厳島神社に向かった平清盛。船旅の最中、激しい風にあおられた清盛は、娘の安否を気づかい石工に地蔵を彫らせた。しかし、地蔵の耳を彫る前に徳子が男の子(後の安徳天皇)を出産したという知らせが入る。地蔵は未完成だったが、そのままの姿で祭ったという。
 清盛が娘の安否を案じる思いは、今も耳のない地蔵の中に宿っていると伝えられている。

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