いまから半世紀さかのぼる衝撃的な事件である。かつてのカープの本拠地、広島市民球場では、球史に残る数々のトラブルが起きている。
前代未聞の事件は、1994年(昭和39年)6月30日の対阪神だった。稲田球審の誤審が発端となって、両軍ベンチもスタンドのファンもごちゃごちゃになっての大騒動。球場正面にあった広島西警察署から、十数人の警察官が動員される事態になった。トラブルの原因はこうである。2回裏の広島の攻撃。無死一、二塁で打者・阿南準郎(元監督)のバントは小フライになって投手前に飛んだ。これを阪神の先発・石川緑が3、4歩前に突っ込み、地面すれすれで直接捕球したかに見えた。
しかし、球審の稲田はワンバウンドで捕球したと判断し、フェアのコール。この判定をきっかけに、事はさらに大きくなっていく。広島の一、二塁の走者は稲田球審のゼスチャーを見て、それぞれ二、三塁に進塁していた。この判定に激怒した阪神ベンチの藤本定義監督が脱兎のごとく飛び出して稲田球審に激しく詰め寄り「マウンドから石川が直接捕った!」と大声を張り上げる。これに気が動転した稲田球審は、あろうことか「バッター・アウト」と判定を覆してしまったから大変だ。
当然、広島側は納得できない。打者もそれぞれの走者もアウトで、今度は三重殺として試合を再開してほしい。という審判団の要請を受け入れられるはずもなく、試合放棄をちらつかせて抗議する。
二度、三度と協議を重ねた審判団は、次に阪神側に「一死一塁、二塁で試合を再開したい」と持ちかけるものの、当然これも受け入れられない。両軍の抗議による中断は何と2時間29分に達し、ついに試合の中止が決まった。
ところが怒りが収まらないのは観客も一緒だった。興奮した審判団からは何の事情説明もないまま、夜の10時近くまで待たされ続けた。業を煮やしたスタンドのファンは、内野席の金網をなぎ倒してグラウンドになだれ込んだ。手に石や棒切れを持ち、ベンチや放送席の機材をメチャメチャに破壊。そこら中の窓が割られた。あまりの騒乱に警察官も唖然呆然でたじたじだった。
結局騒動が収まったのは夜11時過ぎ。器物破損などの現行犯で逮捕者まで出た。球場内の補修作業などで、この阪神戦は3連戦すべてが中止となった。前代未聞の誤審事件は、この日を最後に普段は「球場の紳士」と呼ばれていた稲田球審は職を辞した。
プレスネット2016年5月28日号掲載