東広島をふらっと歩いてみませんか。見方を少し変えるだけで、その地域の地理や歴史を物語るものが見えてきます。散策しながら地域を学ぶ「地歴ウォーク」の世界へようこそ。
ごあいさつ
執筆/広島大学大学院人間社会科学研究科教授 熊原康博
人気NHKテレビ番組「ブラタモリ」の通常放送が2024年3月で終わりました。この番組は、ある地域の景観の成り立ちをタモリさんが歩きながら解き明かすものであり、案内人のヒントを頼りにタモリさんが鮮やかに正答するところに面白さがありました。
この連載では、地形、石碑、ため池など、実際にあるけど注目されていないものに着目しつつ、その地域の景観の成り立ちを皆さんと考えたいと思います。言うなれば東広島版「ブラタモリ」を目指したいと思います。(私自身、過去には「ブラタモリ」の案内人として出演したことも)。
広島大学教員である私は、約10年にわたり学生さんと東広島市内でフィールドワークを行ってきました。調べた結果を『西条地歴ウォーク』『東広島地歴ウォーク』(いずれもレタープレス社刊)という2冊の本にまとめました。この連載では、2冊の内容と、その後の調査をまとめて、市内各地の地理や歴史を紹介したいと思います。
なお、『西条地歴ウォーク』『東広島地歴ウォーク』は、広島大学生協、啓文社西条店、西条酒蔵通り観光案内所(くぐり門)や、あるいはネット通販のAmazonで販売しています。紙面では説明が限られますので、お手元に用意して併せて読んでいただければと思います。
この連載では、東広島市内を対象に、散策しながら地域を学べるモデルコースを紹介します。初回から第3回は、西条町の御薗宇から田口にある吾妻子の滝の周辺をとりあげます。
武則一水氏の功績を巡って
今回は地図を2枚用意しています。一つは現在の状況に近いもので、国土地理院webサイト「地理院地図」の標準地図です。もう一つが、昭和5(1930)年に発行された2万5000分の1地形図です。古い地図上でも、現在地がわかりやすいように、同じようにルートや観察地点をいれています。
古い地図を見ると、当時の土地利用を知ることができます。また新旧の地形図を並べると、土地利用の移りかわりがわかります。例えば、ため池であれば、昔からある池か、後からできた池かどうかを判断できるのです。
スタートは、広島中央サイエンスパークの中心にある水取場池からです。現在、ここには酒類総合研究所やJICAなどの独立行政法人、広島大学、広島県、中国電力などの企業の研究・研修施設が立地しています。
さて、地点①には「広島農業短期大学跡」の碑があります。サイエンスパーク設立以前、この地域は、西条農業高校とともに農業教育の拠点だったのです。
さらに進むと、初代東広島市長の武則一水氏の銅像(地点②)があります。武則氏は、西条町・八本松町・志和町・高屋町を合併して東広島市を立ち上げただけでなく、広島大学などを誘致して賀茂学園都市構想を実現しました。
次に武則氏の名前を冠した黒瀬川の一水橋(地点③)を渡ります。このあたりは、昭和初期の地図を見ると、針葉樹(おそらくマツ)の林が広がっていました。現在、新しい国道375号線やスーパーマーケットなどができて利便性が高まり、新しい住宅地も増えています。
吾妻子の滝の伝説と歴史 ①
御薗宇小を過ぎると、観音橋(地点④)があります。橋の左には、黒瀬川の水を三永水源地へ引き込む導水路の取水口があります。南を見ると、黒瀬川の低地の先に、この場所と同じ高さの平たん面(東広島運動公園があるところ)があることに気付きます。両地点は元々過去の黒瀬川の河床もしくは湖底でした。その後の黒瀬川の侵食によって分離したのです。
観音橋の脇には、橋の由来となった観音堂があり、お堂の中には供養塔が置かれています。西条や八本松各地に伝わる伝説に、源平の争乱で夫である源頼政を失い、都から西条へ逃れた「菖蒲(あやめ)の前」伝説があります。供養塔は、落ち延びた際に亡くなった菖蒲の前の息子種若丸のお墓とされています(伝説の詳細は『西条地歴ウォーク』P54)。
吾妻子の滝は、四日市宿(現在の西条駅周辺)と広を結ぶ街道脇にあり、江戸時代からよく知られていた滝でした。当時の滝には、雄滝と雌滝がありましたが、現在は雌滝のみに水が流れています。広島藩主のお抱え絵師 岡岷山(おかびんざん)が描いた「吾妻子の滝」の絵図(『東広島地歴ウォーク』P5掲載)には、雄滝と雌滝の両方に水が流れています。
江戸時代から大正時代頃にかけて、雄滝の落差を利用した水車(昭和初期の地形図に水車の地図記号がある)によって酒米の精米をしており、観音堂脇には白牡丹精米臼場趾の碑があります。
階段を降りたところに吾妻子の滝公園があり、雄滝跡の前に水車小屋のオブジェが残っています(地点⑤)。オブジェ前には用水路があり、滝から取水して田口地区の田用水として利用されています。吾妻子の滝の正面に立つと、滝の雄大さを感じられます(地点⑥)。